ゆったりと昇陽窯で丹波篠山&陶芸を満喫しませんか?

歴史

昇陽窯について

昇陽窯は上立杭と下立杭の境にあり、陶工房はかなり高台にあります。 また、丹波立杭焼の歴史を代々受け継ぐ由緒正しい窯元です。

工房横には”2代目 大上 裕”の作品や食器を展示しております。
また、敷地内を上がって頂くと”初代 大上 昇”展示館があります。
館内は海老徳利、大皿、壺、茶陶などの作品が並ぶ部屋と食器を中心とした部屋とに分かれており、様々なバリーエーションに飛んだ先代の作品を手にとってご覧いただける他、”3代目 大上 裕樹”の作品や食器もご覧いただけます。

また、展示場に隣接したお茶室では、立杭の山々、陶の郷(丹波焼総合施設)や美術館を真正面に仰ぎ見る、閑静な絶景をゆったりと堪能出来ます。

ぜひ、立杭にお越しの際はお立寄り頂き、見応えのある丹波焼と絶景をお楽しみ頂ければ幸いです。

丹波立杭焼とは?

丹波立杭焼は瀬戸・常滑・信楽・越前・備前と共に日本六古窯の一つとして、その発祥は古く鎌倉時代と伝えられています。

兵庫県多紀郡今田(こんだ)町、虚空蔵山の麓、四斗川の流域と風光、優雅な三郷を中心に栄え、鉄分を多く含んだ陶土と山麓の斜面を利用して築かれた独特の登窯から、強固で重厚な量感の丹波立杭焼が生まれ、およそ八百年の間、代々引き継がれてきた素朴な焼き物です。

鎌倉~桃山時代にかけては、穴窯を使って紐造りによる壺や甕がほとんどで一般的には自然釉とよばれる作品が主でしたが、次の江戸~現代にかけては、灰釉、赤土部釉、黒釉、白化粧等を基調として壺や徳利等の大衆生活を支える、用に即した優れた作品が多く出てきました。
又、その中には小堀遠州らの指導によって生まれた渋い茶陶もあり様々な変化にとんだ焼物を生んできました。

丹波立杭焼はこのようにして伝統にしがみついて生き続けるというのではなく、時代的な変遷を経ながら絶えず新しい仕事を求めて多彩に生き続けてきた我が国陶器の一典型と云えます。それだけに永い歴史を受け継ぐ現在の陶工の責任は重いものがあると考えています。

人間味豊かで素朴な心を大切に、一人でも多くの人々の身近なものとして使って頂けるものを心がけ、一歩一歩邁進しようと新たに覚悟しております。

海老絵とは?

徳利に海老絵が描かれたものは、丹波の徳利の代表とも言われています。
山深い丹波の里で生まれた焼き物に、なぜ海老絵が描かれたのか、、、、
未だに色々な説がありますが、一つに年老いて腰が曲がってもぴんぴんと跳ねていて下さるようにという心遣いから描かれ、お祝いに使われたのが始まりという説があります。

それ以来、当地方ではお祝い事によく海老絵が使われます。
作家が一つ一つ描き上げる見事な海老絵を是非ご覧ください。

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